不意打ち



「安養寺でお父さんの健康長寿をご祈祷してもらったけん、御札を届けに行きたいんよ〜。」
と、母の急な願いで…夕刻、私は車を走らせました。



母を迎えに行く途中、スーパーでフラワーを買いました。
父の誕生日は10日ほど後ですが、この会えるチャンスに…と、思ったのでした。

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父の居る施設へ母と行きました。
あっ!と驚く施設の方々の様子で弟から聞いていた通り、またもや不意打ちであることを感じ取りました。



母は、体をちょっとひねりながら軽くジャンプして、
「じぃちゃん(夫)に会いたかったんよ。」
と、可愛い声を出します。



私は、その歳でその仕草は無いわ…と思いながら、恐縮しつつ長いお辞儀をしています。



母は、思い立つとすぐ行動する人です。人の迷惑など顧みないところが往々にしてありますが、年々度を越してきました。



予定外の私達の訪問は想定内だったようで、施設の素早い対応でエントランスホールで父と対面できました。



介護者から御札とフラワーを受け取った父は、母の呼び掛けに「あーーー」と、考え込んでいましたが、その後、私に気づき嬉しそうでした。



ガラス越しから見る色白さんの父はお風呂上がりの様子で、赤くほてった頭は薄くて短い髪の毛がフワフワ揺れていました。



ホールは寒かったでしょう。
お風邪をひきませんように。

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名残り野菜



昼休み、中庭に出て深呼吸をしました。



風が、花の香りと 雨と土の匂いを乗せて頬を撫でました。



それがまた涼やかで心地良かった~☘



そして、それは母の畑と同じ匂いです。



風が静まった後も雨はしとしと降っていました。

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仕事が終わって、東へ足を延ばして実家に立ち寄りました。



小雨の中、母は白い割烹着を着て畑をならしている最中でした。



畑の草花は倒れて、ひと目では何の葉だったか見当がつきません。



「よう来たね~。最後の収穫をしたところよ。」
と、名残り野菜をもらって帰りました。

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気持ちを話す



先々週、38度を超す熱が数日続いている父の様態を 入所している特別養護老人ホームから知らされていました。



熱が治まって一週間が経ち、ようやく父に会えました。



エントランスに父と母と弟と私、古い家族が揃いました。



ガラスごしに見る父は、不機嫌そうに見えました。



弟は、
「家族揃ったのぉ。わかるか?」
と、父に尋ねます。



母はしきりに
「じいちゃん!じいちゃん!お互い長生きしょーねぇ。」
と、マイクを持って話しかけます。



ですが、父の返答はありません。



私が、
「ばあちゃんが作ったスイカを持ってきたよ。皆さんと一緒に食べてね。」
と言うと、



父はうなずきました。




ヘルパーさんの話では、

  • ゆっくり自分で食事をする
  • 人形を持つと抱いたり揺らしたりして遊ぶ
  • 癇癪を起こしたり暴れることは一切ない
  • 自分の気持ちを言葉で表現することはあまりない
  • 話しかけると静かに一言 応える

とのことでした。



いたって穏やかに生活しているようです。



内服薬で落ち着いたと聞くけれど
あの熱は何だったのでしょう?





車に乗り込んだ母は、
「元気そうで良かったー。」
と言っていますが、その後に
ため息を付きました。



前回の面談では、
オムツばかりに頼って、定期的にトイレに誘導していない!
と、その事を嘆いて排泄の介助を強く望んでいた母でしたが、
今回は、しおらしい様子です。



いつもなら、思ったことを口にする母ですが、

その母は、
何を感じているのか…。
何に怒っているのか…。
何と向き合っているのか…。

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私は介護には詳しくないけれど、
そして、認知症の老いていく過程を知らないけれど、
私はそれでも、施設の介護者のお陰で娘をさせて頂いております。



私は、有り難いと思う気持ちと、
消えつつある父の感情や いつになく無言の母を案ずる気持ちが混在します。



母の心を案ずれば切ないし、今回の面会で父の笑顔が全く見られず胸が痛みます。




生きていると、嫌なことや傷ついたことが色々あります。
そんな時、その気持ちを話せるかどうかで、心の健康は大きく変わってきます。

人って不思議なもので、気持ちを聞いてもらうことで、健やかな心持ちで過ごすことができます。

ところが反対に、どんなに心が傷ついてもタイミング悪く話すことができなかったり、我慢することを自分が是認すると、体調が不調になったり、心が病気になることだってあると思います。

そういう意味で、自分の気持ちを我慢することなく話せること、そして、気持ち良く聞いてくれる人がいることが大切だとつくづく思います。



私にBlogがあって良かったー。



まだまだ現役で勤めている弟は、家族から離れ母と同居しています。



母は今日の事を息子と語っていることでしょう。

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母の希望



玄関先での面会が許可されたので、特別養護老人ホームに入所している父に会いに行きました。



母・私・娘・孫娘(つーちゃん1歳10ヶ月)の4世代がエントランスで待っていました。



車椅子に乗った父が、お人形と一緒に 介護士の付き添いで下りてきました。

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父は、つーちゃんと初お目見えです。



「つーちゃんに会うと喜ぶわー。」
と、父の喜ぶ顔を楽しみにしていた母の希望はかないませんでした。



「まるちゃんと孫と曾孫のつーちゃんよ。」
と、話しかけますが、
父は不安そうな笑みを浮かべ、お人形を揺らして遊びはじめました。



介護士が
「このように、穏やかにお人形と遊んでいる様子を良くお見受けします。」
と。



母は、あれこれ言葉を変えて父に話し掛けます。



「おじいちゃん✨そのお人形は、まるちゃん(娘)が子供の頃大切にしよったんよね。思い出すねー。じいちやんの考えとること、ばあちゃんは、ちゃんとわかるよー。」



母は、互いに伝えようとしていることが理解できないままでは寂しかったのでしょう。



母が声を掛ければ掛けるほど、私の胸にある父の存在と現実は遠ざかっていきます。



私達は、施設での父の様子を見学することはできましたが、
父と意思の疎通は取れませんでした。



車をそのままにして、すぐ近くの東浜公園で遊びました。



「ばあちゃん!ばぁば!ママ!」
と、つーちゃんの可愛い声が公園内に響きます。



つーちゃんは、母のことをばあちゃんと綺麗に発音します。
私へのばぁばの呼び名とハッキリ使い分けをして話し掛けてくれます。



ブランコ・滑り台・網状のトンネルでドンドン遊ぼうと誘発するつーちゃんに、
母は元気をもらったようです。

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公園内で10時半、
なんと母の歩数計は4000歩を超えており、
ちなみに私の歩数計は1000歩余りでした。

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「まるちゃん、この歩数計は、かなりエエわね。楽しみのひとつで励みになるわ。」
と。
日々、歩数計の数値に一喜一憂し元気をお越して生活しているようです。
母は、毎日12000歩〜18000歩の数を叩き出しています。
もはや曾孫と滑り台を滑るのが恐い、
ブランコの揺れに身を任せるのが恐い、
と言う母が、
いったい、どうすればこの数が出せるのか不思議です。



この数値と同じように、努力で…
母の希望が叶うと良いのですが。



網状のトンネルを除くと、ほら♬ 明るい未来が見えますよ🌹

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※ 追貼

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おそるおそる



昼過ぎ
寒いかなー?
と、おそるおそる表に出てみると
大丈夫!!
風は無く
今日も ほどよくお散歩日和でした。



各ご家庭の花壇の彩りを楽しみつつ
腕を振って
おいっち.にー.さん.しー.✨✨✨

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その後
母からの連絡で実家へ行きました。



嬉しいことに
大根が…
たくあん漬けに最適な干し具合いです♬
おかげさまで大根を漬けることができます。



今年は諦めていたのです。
5月の事故以来、
身体が宙に浮いているような、ふわふわとした感じが時折あることを母に伝えていたら
このように洗って干して、いつでも漬けれる状態に
母が手を掛けてくれていました。

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14:00、母の歩数計は18000歩を越していました。
この時の私の歩数計は5000歩余りです。
わたし、未だに84歳の母に何ひとつ敵いません。

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